コラム
エリートサラリーマンが空き家再生で実現したかったこと
大家コラム

〜ピンチをチャンスに変えるのは自分〜エリートサラリーマンが空き家再生で実現したかったこと

空家ベース編集部

誰もが知る大企業に勤めながら、副業として空き家再生事業を手掛ける戸倉雅俊さん。

いわばエリートサラリーマンである戸倉さんは、なぜ空き家再生を始めようと思ったのか。今回はその背景や、事業を始めた後の戸倉さん自身の変化について話を聞いた。

流浪の空き家再生人:戸倉雅俊さんプロフィール
1981年鹿児島県出水市生まれ。
2005年同志社大学卒業後、キーエンスに入社。
2009年ビール会社に転職し、国内営業、インドへの海外駐在後、マーケティング部にてブランドマネージャー業務を行う。
その後、内閣府に出向し社内ベンチャーにて経営企画業務に従事。
昨年1月より副業として空き家再生事業を開始、現在10戸の物件を所有する。
Twitter:https://twitter.com/SDGs_CSV_OOYA
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCxAxL8QObQFESjS-cX2f6JQ
Instagram:https://www.instagram.com/tokura_masatoshi/

キーエンスからビール会社へ

エリートサラリーマンのイメージ

イメージ

同志社大学を卒業した戸倉さんが入社したのは、あの有名なキーエンス。
大学時代からAIESEC(アイセック)という、海外インターンシップを運営する世界最大級の学生団体で様々な国の若者と交流していた戸倉さんは、その頃から「社会貢献」や「自己成長」、そして「付加価値」といったものに興味を抱いていた。
キーエンスに入社を決めたのも、会社が「付加価値」を念頭に置き、非常にユニークな活動をしていたからだ。
だが営業の仕事を4年ほど続けるうち、自分の中にひっかかるものを感じ始めた。
スリリングでチャレンジングな会社である一方、人間関係はとてもドライ。
どこか物足りなさを感じた戸倉さんは、もっと別の環境で自分の力を試してみたいと思うようになり、180度違う組織風土の有名ビール会社に転職を決めた。

新たな職場で、戸倉さんはビールの副産物として出されるものを商品化する社内ベンチャーに携わることになった。
通常、捨てるかほぼ無料で引き取られるビールカス(酵母)を特許技術で液体化、農家の肥料や農薬の使用量を減らしてコストを下げると同時に品質を上げ、同時に収穫量をアップすることにも成功。ゴミから超高利益を生み出す商品となった。
この「社会的な課題を解決しながら経済的価値を生み出すことの楽しさ」が、後に戸倉さんの人生を大きく変えるきっかけとなる。

理不尽な状況から出したひとつの答え

理不尽な状況で悩んでいるイメージ

イメージ

チャレンジ精神旺盛な戸倉さんは、その後も会社に対し様々な提案を積極的に行っていった。
だがそうした彼の前向きな姿勢は、必ずしも歓迎されるものではなかった。
新しいことを取り入れようと意見を言う者は時に疎んじられ、組織の中で孤立していく。戸倉さんも例外ではなく、突然出向先を変えられたり、限定的な業務のみしか行うことを許されなくなったり、まともに仕事をする機会を奪われてしまった。
仕事とは単にお金のためだけにやるものではなく、世の役に立ち、自己の成長も実現できる貴重な場だと考えていた戸倉さんにとって、それは翼を折られたも同然の状況だった。
怒りに任せて辞めてしまおうか……しかし自分には妻とふたりの子どもがいる。やりがいだけを優先して大胆な行動に出るわけにはいかなかった。
悩んだ戸倉さんはまず本業以外の収入を増やそうと考えた。愛する家族が選択の幅を広げられるようにしたい。自分に何かあってもやっていけるようにしたい。そんな想いから新築アパートの購入に踏み切った。
リターンはさほど大きくはないが、その分リスクも少ない。団体信用生命保険に入ることで、例え自分が死んでも家族に資産を残せる……そう考えて始めたことだったが、戸倉さんはそこにまた物足りなさを感じてしまう。
ただの投資からより踏み込んで、できればもっと世の中の役に立つ形で事業にしたい。
そんな戸倉さんの目に止まったのが空き家再生だった。

空き家再生の魅力は問題を解決していく面白さ

「空き家が増えている一方で、高齢者や外国人が入居できない現状があると知り、これをうまく解決できたらと考えました。もちろん高い利回りが望めることも理由のひとつでした」
社内ベンチャーで実感した「社会的な課題を解決しながら経済的価値を生み出すことの楽しさ」――ほぼ無料のビールカスを人に感謝される高価格の商品に変えたように、今度はボロボロの空き家を価値ある物件に変えてみようと決意したのだ。

こうして戸倉さんはビール会社で勤務しながら、副業として空き家再生事業を手掛けることとなった。
活動できるのは主に週末のみ。修繕は基本、業者に任せているものの、できることは自分でもやるようにした。日曜大工すらしたことのない素人で、妻からも「本当にできるの?」と心配されたが、一筋縄ではいかない状況を意外と楽しんでいる自分に気づいた。
「こんな汚いものがここまで綺麗になるんだって嬉しくなったり、ここはこういう仕組みになっているんだって理解することで業者さんとの交渉が有利になったり、そういうことがすごく楽しかったんです」

ゴミ屋敷の入札で喜ばれた体験

1号物件は比較的綺麗だったものの、岡山県倉敷市で取得した2号物件はいわゆる「ゴミ屋敷」。
戸倉さんはこの物件を公売で取得したのだが、あまりに壮絶な物件だったせいか、他に入札者はいなかった。また過去ニ度も募集が流れたという経緯もあってか、落札が決まった時には国税局の担当者がわざわざ遠方から挨拶をしたいとやってきた。
「ありがとうございます」
国の人から感謝され驚いたのも束の間、近所の人々に挨拶に行った戸倉さんはそこでも多くの感謝の言葉をかけられる。
ゴミ問題もさることながら、そんな状態の物件が長年放置されていることで治安が悪化するのではないかと近所の人々は心配していたらしい。人が住めるよう再生すると聞き、皆一様に安堵の表情を浮かべた。
戸倉さんはこの体験を通し、空き家再生が確実に社会貢献になることを実感したのだった。

ブームになってきた空き家再生

昨年1月から空き家再生を始めて、すでに所有している物件は10戸。
かなりのハイペースだが、物件はそのほとんどが地方にある。
「できれば私も千葉とか埼玉とか首都圏で物件を仕入れたいんですが、空き家再生自体がブームになってきてなかなか物件を取得できませんし、できてもかなり割高になってしまうんです」
結果、安く取得でき、高い利回りが実現しやすい地方の物件が多くなった。
サラリーマンをやりながら地方にある空き家の管理をするのは大変そうだが、一度入居者がつけば、さほどやることはないと語る。
「再生する過程で業者さんと信頼関係が出来上がりますから、仮に問題が起こっても電話でお願いすることができます」
入居者とのやりとりも2、3ヶ月に1度。
「楽しく過ごさせてもらっています」と感謝の言葉をもらうことも多く、その度に満足感を覚えるという。

他者の役に立つことで実現できたもの

支え合う手のイメージ

イメージ

そんな戸倉さんが物件を売買する際、必ず売主に伝えることがある。
それは、壊したり、平地にしたりせず、その物件を直して誰かに住んでもらうということだ。
「家っていろいろな方が大事に住まれてきて、たくさんの思い出がつまっていると思うんです」
簡単に壊したりするのではなく、時間や手間がかかってもきちんと再生します――そんな約束をすることで、安心して委ねてもらいたいという思いからだ。
ある売主は「もう身内もいないし誰も住まないけれど、壊されるのはやっぱり嫌だった。再生して誰かに住んでもらえるならとても嬉しい」と喜んだ。

このように、空き家再生を通して多くの人々に感謝されるようになったことで、戸倉さんは自身の変化を感じ始めた。
「正直、これまでこんなふうに感謝された経験がなくて。人生観が変わりました」
思い返してみれば、社会貢献をしたいと思いながらも、これまでは自分中心に生きてきた。己のやりがい。自己成長。でも本当のやりがい、成長は、他者の役に立つこと、他者に感謝されることで実現できる――そのことに気がついたのだ。

社会貢献と経済的価値、両方が成り立つことが大事

草原のイメージ

イメージ

「社会貢献というと、なんだかいい人みたいに映りがちなんですけれど、一過性のもので終わらせないためにも、社会貢献と経済的価値が両輪になり、走り続けられることが大事だと思っています」
お金をもらわずに何かをすることは尊い。しかし、犠牲を払い続ければどこかで歪みが生まれ、長く続けていくことが難しくなる。
だからこそ、経済的なリターンもしっかり考えて動く。空き家再生事業をこれからもっと拡大し、多くの人の役に立ち、そして自分自身を成長させるためにも。

最後に、これから空き家再生を始めてみたいという人に向けてメッセージをもらった。
「空き家再生は正直トラブルだらけです。もしこれからやってみたいという方がいたら、そのトラブルを楽しむ気持ちでやってみたらうまくいくんじゃないかと思います」

会社で働く中で、戸倉さんが実現したかった社会貢献や自己成長。そしてその結果としての付加価値。
その会社から理不尽な状況に追い込まれたことでそれらを実現するに至ったことは、戸倉さんにとっても予想外であっただろう。
人生は最後まで何が起こるかわからない。
ピンチをチャンスに変えるのは、結局自分次第なのだと戸倉さんからあらためて学んだ気がした。

取材・文/御堂うた